月を背に青い影が空を駆ける。

 それは、人の姿でありながら、人にあらざる業を為す者。

 幾百の死と幾千の血に彩られた戦の化身。

 身に纏うのは血の香。

 振り撒くのは恐怖。

 もたらすモノは ―――死。



 それでも―――

 獣のごとき跳躍に魅せられた。

 剛さとしなやかさを兼ね備えた体躯に見惚れた。

 そして―――

 鮮血を思わせる真紅の瞳に惹かれた。


 今なら解る…

 そう、僅か一瞬の… 理性では解せぬ、本能すら届かぬ

 その邂逅で、私は―――


 ―――私は、確かに彼に心を奪われたのだ―――






Fate/stay night SS
Fate/MidNightBlue






Tactics 0−1 【三者三様】



 ガラガラガラ…… ぴしゃん

 教室の扉が閉じられた。
 時間は昼休み。 たった今教室を出て行ったのは、我らが2年A組の誇る学園のアイドルにして、ミスパーフェクトの異名を持つ(らしい)遠坂嬢こと 遠坂 凛 その人だ。

「ぶー。 なんだよー、大差ないじゃんかタイヤキもクレープもー。
 どっちも甘いの皮で包んでるんだからさー」

 ドアの向こうに消えた遠坂に向かって、目の前の悪友が淑女にあるまじき暴言を吐いた。

 教室に残った数人の女子の微妙な視線が目の前の悪友 蒔寺 楓 に向けられる。

 さもありなん。 こやつの言う事が仮に正しいとすれば、饅頭やモナカ、きんつばがクレープと同じカテゴリに含まれてしまうことになる。

 私としてもその意見には賛同することはできない。 いや、まぁ、未だにこやつの意見に賛同できたためしなど片手で数える程しかないのだが………。

「…蒔の字、問題はむしろ奢ったか奢られたかの立場の差異だと思うのだが?」

「ぐ…」

「そうだよ、蒔ちゃん。 ちゃんと『ありがとう』しなきゃ」

 めっ とでも言うように私の左に腰掛けている友人 三枝 由紀香 が蒔寺をたしなめる。

「言った、言った。 その場で言ったってば!」

「ふむ、蒔の感謝はその場限りのものだったわけか…。 遠坂嬢に同情してしまうな、これは」

 と、聞こえよがしにため息をつく私。 何故だか、このミスいいかげんと、あの遠坂の間にはごく普通に友情が成立しているらしい。

 伝え聞く話では、いくつかの例外を除いて特定の友人など持とうとしないという、彼女の、例外のひとつがこやつだというのは、正直、不可解極まりない。

 友人にするなら、由紀香の方がよほど好ましいと思うのだが、どうなのだろう。 その辺りの理由があるのなら確かめてみたい気もする。

 ……『好みの問題』と、言われてしまえばそれまでなのだが。

「なんだよー! それじゃ、あたしが性悪みたいじゃんかよー!?」

 その言葉に、蒔寺は箸を振り回して怒る。

「性悪みたい… ではなく性悪なのだ。 自己に対する認識を改めろ」

「わわっ… 鐘ちゃん、言いすぎだよ…」

「そうだ、そうだ! このあたしのガラスの心は粉々に砕け散ったぁー!!」

 蒔寺はわざとらしく顔を手のひらで覆い隠し泣き崩れる『振り』をした。

 純真な由紀香はそんな蒔寺をおろおろしながら慰撫している。 その下で、蒔寺の恨みがましい目線が指の隙間からチラチラと覗く。

「………」

 全く、こやつのどこがガラスの心なのか…。 どう考えても粘土か超々ジュラルミンか、だろう。

「蒔の字… 嘘泣きは止めろ。 由紀もそう何度も同じ手に引っかかるんじゃない…」

 私はそう言って弁当のおかずを口に運んだ。

 そう、今は昼休み。 時間の貴重さでは、学生の一日の中で最も大切だと言っても過言ではない時間である。 こういったやり取りは嫌いではないが、いつまでもダラダラと続けていくわけにもいかない。

「―――そ、だな。 鐘っちの言うとおりだ、休み時間がなくなっちゃうぜ」

 蒔寺はそう言って弁当に向き直る。 毎度の事ながら、こやつの早変わりは見ていて飽きない。 よくもまぁ、ここまでコロコロ表情が変わるものだと感心すらしてしまう。

「………あれ?」

 その横で、ただひとり状況の変化について行けてない由紀香が目を点にして蒔寺を見ていた。

 いいかげんに、慣れないものなのか…?

「由紀っちのカニクリームコロッケ、もーらい!」

「ぅあん… だめだよぉ!」

 ―――私、氷室 鐘 の日常は、このときまで何の変化もなかった………。

 しかし、見えないところで運命の歯車は確かに動き出していたのだ…。





Tactics 0−2 【Let’s Jump Into The Sky!】



 ダンッ―――

 快い音をたてて踏み切る。

 宙に躍る体。

 重力から解き放たれて、空に溶け込んでいくかのような浮遊感。

 私は、この感覚がとても好きだ。

 叶うなら、いつまでもこの感覚に身を任せていたいとさえ思う。

 だが、その感覚に酔いしれる事は、わずか一秒すらもかなわず、この身は、重力の腕に絡めとられた。

 ボスッ―――

 背中からマットに着地する。 視界を埋め尽くす青い空と、その端にある紅白のバー。

 空に躍った高揚感と、目標を達成した満足感。 そして……


「やったね、鐘ちゃん。 自己最高記録タイだよ
 この感じだと今日、更新できるかも知れないよ?」

 相変わらず、ほにゃっとした笑顔で、我らが陸上部のマネージャーである、由紀香がうれしそうにタオルを差し出す。

 もっとも、二月の寒空の下では汗など大して掻かないのだが。

「ありがとう、由紀」

 こちらも笑顔で、差し出されたタオルを受け取った。 そして、首筋を拭いながら言葉を続ける。

「―――うむ、悪くない感触だ
 自分としてはもう少し、集中したい所でもあるが…」

「調子… よくないのかな?」

「いや、そんなことはない。 むしろ好調だ。
 ただ…… だからこそ、より高みが見えてしまったというところか… うむ」

「そうなんだ? じゃあ、記録更新に期待だね」

「ああ、任せておけ。
 ―――ところで、由紀。 向こうでお主を呼んでいるようだが…?」

 指し示すように、つーっと目線をやった先には、何やら由紀香の名前を呼びながら手を振る部員たちの姿。

 彼女らは、皆一年。 おそらく機材のセッティングが分からない、とか、そういう類の事なのだろう。

「あ… ほんとだ、じゃ、行くね」

 そう言って、由紀香は、たたた…… と駆けて行く。

 私は、走り去る彼女を見送りながら、小さくため息をついた。

「…やはり、届かぬものか…」

 この身は、空へ………。

 それが、人の身にそぐわぬ望みである事は充分承知。 この身だけで空に至ろうなど、自分でも呆れ返るほどナンセンスだと思う。

 だが、高く跳べるようになればなるほど、この渇望は大きくなっているのだ。

 届いてしまったものより、届かないものに価値を感じるようになったのは、一体いつの頃からだったろうか…。

 少なくとも、陸上を始めた当初は、達成した記録に価値を見出していたはずなのだが…。


「む…?」

 そのとき、私は視界の端に一つの人影を捉えた。

 グラウンドの外側。 校門へと続く道を見覚えのある赤いコートが歩いていく。

 風にツインテールをなびかせ、颯爽と歩いているのは、遠坂だった。

 しかしながら、この時間、下校する生徒の姿など実にありふれており、気に留めるには及ばぬ事のはずだ。

 だというのに… 何故だろう。 私には、下校する遠坂の姿に違和感を感じたと言おうか… とにかく、妙に気に掛かったのだ。

「ふむ、当たり前の事さえ珍しく感じられるとは… これも遠坂嬢の存在感ゆえか…」

 学園きっての優等生にして、全校男子生徒の憧れ。 彼女に特異性を感じるのは、凡庸な自分と彼女を無意識に比較してしまうコンプレックス故なのだろう。 と、とりあえず納得する事にした。

 そんな、こちらの注視をよそに、遠坂は変わらぬ歩調で校門から出て行ってしまった。

「どうしたよ、鐘っち。 遠坂をじっと見詰めちゃってさ?」

「―――む?」

 蒔寺が、そう言うなり私の肩に顎を乗せてくる。

「あっ もしかしてアレか!?
 鐘っちも由紀っちみたいに、遠坂に熱い想いを秘めてるクチか!?」

「そんなはずが、あるか!」

 ベシッ!

 いきなり訳の分からないことを口走る蒔寺の額に裏拳を見舞う。

「痛ってー! 冗談が通じねぇなぁ、鐘っちは…」

「笑えん冗句には、ツッコミがなければ芸が成立するまい?」

「手厳しー!!」

 蒔寺は、My God!! とでも言うように頭を抱えて大げさにショックを表現する。

 本当に、愉快な奴だ―――

 ……

 ………?

「………」

「どうした、鐘っち?」

「いや…」

 突然に黙り込んでしまった私を訝しんで、蒔寺が声をかけてくる。

 その声に、私は思わず言いよどんだ。

 口に出すような事ではない…。 『空気が変わった』ような気がする、などとは。

 じっとりと身体にまとわりついてきた違和感。 倦怠感と言ってもいい。

 何なのだろう、この感覚は。 蒔寺は何も感じていないようだが…。

「それならいいけどさ…
 それより、早いトコ練習に戻らないとマズイぜ?」

「ああ… そうだな」

 さっさと練習に戻る蒔寺の後姿を見ながら、私はひとりごちた。

「風邪か…? むう、まだまだ体調管理がなっておらんようだな」

 ふうっ と息をつき、私も練習に戻る。

 とりあえずは、自己最高記録更新を目標として………。


 ―――ちなみに、部活が終わった頃には先の違和感にはすっかり慣らされてしまっていた。





Tactics 0−3 【Blue Air】



「じゃあね、鐘ちゃん、また明日ね」

「鐘っちお疲れ、 じゃバーイ!」

「うむ、二人とも、また明日な」

 部活を門限よりだいぶ早めに切り上げての帰路。 深山町と新都を繋ぐ冬木大橋の袂で、二人と別れる。 冬の日は短く、既に陽は沈んでいるが、まだ夜とは呼べない時間帯だ。

 私の家は新都にあるので、ここから橋を渡って帰る事になるのだが…。

 帰るより先に、私は、別の目的地―――冬木市民図書館に向かうことにした。

 ちなみに、私が図書館に行くのは実に三日ぶりである。

 それ故にか、自然と歩みが速くなっていることに気付いた。

 今の穂群原学園に進学し、陸上を始めた(させられた)今でこそ、この間隔だが、かつてはそれこそ毎日通っていたものだ。

 まぁ、この間隔が一般的な感覚と比較していささか過密だと言うのは自覚している。

 だが、それでも私は、幼い頃から多くの書物から得られる知識を、貪欲に求め続けているのだ。

 蒔寺に言わせると「鐘っちは重度の知識中毒」 ―――と、言う事らしい。

 それを、「むしろ望むところだ」 と言ったら、蒔寺どころか、由紀香にまで呆れた顔をされてしまった。

 ………何が悪いというのだ、全く。

 そんな事を考えながら、私は図書館に程近い自動販売機に向かう。

 コインを投入して、ホットコーヒーを3本購入する。

 ブラック、カフェオレ、エスプレッソ――― 本来、飲食禁止の図書館における、唯一の例外。 今日だからこそ必要な物資だ。

 私は、それを厚手の巾着袋にしまい込んだ。

「―――ん?」

 私は、不意にこちらに歩いてくる人影に気付く。

 それは、スーツ姿の麗人だった。 男物のスーツであるのだが、注視せずとも判る豊かなバストが女性であることを声高に主張していた。

 顔のつくりや目の色などから、彼女が欧米系の異邦人である事が判る。 この街に住む外国人の数は決して少なくないとはいえ、感覚的にはやはり珍しい。

 以前読んだ郷土史によれば、この街の古い家系には外国からの移民の血脈が多く存在しているというが…。

 いや、それならば、日本人という民族自体が…

 そのような、取り留めのない事を考えているうちに、女性が私の横を通り過ぎていく。

 それが見知った相手でもなく、注目すべき相手でもない以上、お互いを気に留める事などない。

 別段意識するでもなく、視界の端で彼女を見送る。

 その瞬間―――

「………?」

 感じたそれは、『青』だった。

 『青い』風が吹いたと言おうか……

 肌に、『青さ』を感じたと言おうか……

 筆舌に尽くし難い、奇妙な感覚。

「………」

 ……。

「む…」

 呆けていた数秒の間に、件の女性の姿は見えなくなっていた。

 部活の時といい、今日は妙な感覚によく襲われる日だ。

 何なのだろうか、本当に。

「本気で医者にかかる事を考えた方がいいかも知れんな… うむ」





Tactics 0−4 【文化人の嗜み】



 ややあって、私は市民図書館に辿り着いた。

 そして見る。図書館の正面入り口に燦然と輝くプレートを。


 『休館日』


 ………

 ………

 な、なんてことだー!!(擬音:ガーーーーン)

 ………


 ―――などと、ご丁寧に擬音付きのオチをつけて引き返すのは間抜けのすることだ。

 この、『ライブラリ・マスター』氷室 鐘を舐めて貰っては困る。

 その様な事、最初から把握していないはずがない。

 さっさと本命である、職員専用の通用口に向かうとしよう。



 ―――ぴんぽーん♪

 私は、躊躇なく職員・業者専用のインターホンをプッシュした。

 ………待つこと数秒。

「(はーい、どちら様ですかぁ?)」

 インターホンのスピーカーから甘ったるい声が発せられる。 うむ、この声は、司書の大垣さんだ。

「こんばんは、大垣さん。 氷室です。」

「(あ、鐘ちゃん? いらっしゃーい)」

「休館日にすみません。 特別資料室を使わせて欲しいのですが」

「(はいはい、いいわよー。 ちょっと待っててねー)」

 ―――ブツッ

 まぁ、こういう訳だ。

 休館日の図書館に入り込む事は、もはや日常茶飯事。 ただし、この図書館に限定されるが。

 そのからくりは至極単純。私が、この図書館の館長以下、職員全員と懇意にしているからという、ただそれだけなのだが。


 待つ事しばし、ガチャリと音を立ててノブのない扉が内側から開く。

「いらっしゃい、鐘ちゃん。 久しぶりね」

 さ、入って。 と、大垣さんが私を招き入れる。

「失礼します」

 それに応え、私は通用口の扉をくぐった。


 ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇


 私が通されたのは、図書館の事務室。 右には貸し出し受付カウンターの内側へ続く扉。 左には『特別資料室』プレートの貼り付けられた、いわゆる閲覧専用の書物が納められた書庫の扉がある。

 そのプレートの上に赤い文字で『鐘ちゃん専用』と書かれたPOPが張られているのは、気にしてはいけない。

 聞くところによれば、女性職員のお遊びなのだそうだ。 しかも、コレの所為で視察に来た市のお偉方と一悶着あったらしく、今は脱着可能らしい。 細かい事は知らないが。

「さ、鐘ちゃん。 座って座って」

 迷いなく、大垣さんは自分の椅子を私に勧めてくる。

「いえ、それは大垣さんの椅子でしょう。 私はこちらに…」

 そう言って私は現在不在の職員の椅子を引いて座る。

 図々しいと思うなかれ。 コレが、この図書館での習わし(私及び職員限定)なのである。

 コレも、どういう経緯かは知らないが、『氷室 鐘に椅子を使われた者には幸運が訪れる』と、職員達の間でまことしやかに語られていると言うのだ。

 曰く、恋愛成就。 ―――想い人とイイ関係になったとか。

 曰く、学業成就。 ―――息子の全国模試の順位が少し上がったとか。

 曰く、金運向上。 ―――道端で1000円拾ったとか。

 私に言わせれば、本人の努力と才覚次第でどうとでもなる事のような気がする。 という以前に、3番目はネコババだ、ただの。

 聞けば、私に座られやすい椅子の置き方や、座布団の色までもが研究されていると言う。

 大垣さんが一度、自分の椅子を勧めてきたのも、そこに起因する。

 以前に一度、自分の椅子以外を全て排除した職員がおり、それを知った他の職員からフクロにされたとか…(比喩だろう… 多分)。

 むう……

 改めて考えると……。

 ………暇人ばっかりか、この図書館は。

 しかし、それゆえに休館日の来館などが許されていると思えば、むしろ好ましい。



「大垣さん、これ、差し入れです」

 そう言って、私は巾着から缶コーヒーを取り出す。

「ありがとう、鐘ちゃん。 いつも悪いわねぇ…」

「いえ、これはギブアンドテイクです」

 大垣さんには、エスプレッソを手渡し、自分の脇のデスクにカフェオレを置く。

 そして、業務日誌の置いてあるデスクにブラックコーヒーを置いた。
「今日の宿直は、関にぃでしたね?」

「ん、そうよー」

 大垣さんはそう言いながら、満面の笑顔で缶のプルタブを開ける。

 んくんくんく…と、大垣さんがコーヒーを飲んで、ぷはっと一息。

「きゅー、この一杯の為に生きてるよぉ…
 休館日にコーヒーの差し入れなんて、鐘ちゃんしか持って来てくれないもんねぇ……」

「誰も来ないから休館日なのでは?」

「そうだけどー、鐘ちゃんぐらいの根性の子がもっといてもいいと思う…」

 それはつまりアレですか、コーヒー一杯のために休館日が通常日のようになっても良い。 そういうことなのでありますか?

 ―――ガチャリ

「おいおい、それじゃ休館日がなくなっちまうぞ大垣」

 苦笑しながら事務室に入ってくる男性。
「あ、関にぃ、お邪魔してます。」

「よっす、 鐘」

 彼は、関にぃこと、関和(せきわ)さん。 私がこの図書館に通い始めた小学生時代の頃から顔馴染みの職員である。

 今となっては、当時から勤めている職員は彼だけであり、他の職員と呼び方が違うのはそのためだ。

「コーヒーがあるならそれでも良いですよー?」

「馬鹿、図書館の運営に支障をきたすと言っているんだ」

「コーヒーがないほうが、よっぽど支障をきたす私は、どうなるのよぉ?」

 大垣さんから発せられる問題発言。 職員としてどうなのだろう、それは。


「大垣さん… 貴方はコーヒー中毒か何かですか?」

 私は、思わず呆れた声を出してしまう。

 その言葉に、大垣さんはコーヒー缶を握り締めながらすっくと立ち上がる。

「違いますぅ、私は『鐘ちゃんのコーヒー』中毒なんですー!
 むしろ『鐘ちゃん』中毒! 鐘ちゃんの愛の奴隷!?」

 なんと、この人、とんでもない事を口走りおった。

 愛の奴隷とは何ぞや、既婚者の大垣女史よ。

 私は怪しい薬か何かか!?

 それ以前に、中毒である事を否定せんのか!?

「………関にぃ、私は休館日の来館を控えるべきでしょうか?」

「禁断症状で暴れられても困る。 これまでどおりで頼むわ…」

「……そうします」

「(鐘ちゃんの差し入れのない人生などに何の意味があろう! それは肉のないチンジャオロースに等しい!)」

 私たちの疲れた会話をよそに妙な熱弁を振るう大垣さんに、2年C組の某虎教師の姿を重ねながら、私は改めて嘆息した。


 ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇


 時間は深夜。 私は自室の机に向かって日記を綴っている。

 ただ、それを綴るのは日記帳ではなく大学ノート。

 書き込んでいくのは、経験した出来事ではなく、知ったこと。 主に図書館で学んだ事柄だ。

 それをすでに2ページ分書き込んでいる。 速記を取得していなければ一時間はかかる量だろう。

 書式はある種暗号と化した自己流。 書かれている内容を正しく理解することは、私以外にはまず無理だろう。

 ただただ、書き連ねられていく ―――知識 ―――情報 ―――記憶。

 このようなものは、『日記』とは呼べず、単なる『記録』だと言われそうだが、日々積み重ねてゆく記録である以上、これは日記だと私は主張したい。

「……ふぅ」

 日記を書き終え、私は前の書棚に大学ノートを収める。

 幼い頃から綴り続けた日記は、はや数十冊。 うむ、壮観だ。

「っと…」

 就寝のために立ち上がろうとし、思い留まる。

「これを、忘れてはいかんな」

 引き出しを開けて、一冊の日記帳を取り出す。

 去年の誕生日に由紀香がプレゼントしてくれた、実に可愛らしい日記帳だ。

 そこに、これを貰う以前は記す事がなかった、今日の出来事を記していく。

「………ふふ」

 思い出し笑いとは、私らしくもない…。 しかし、裏腹。 私の顔は自然にほころんでいく。

 些細な楽しみや驚きを記してゆく。

 ………きっと後から読むと、凄く恥ずかしくなるに違いない。

 むう、この幸せ者め。

「あ…、そうだな」

 日記の最後に、私は今日最大の疑問をさっと書き込む。


『―――青は、触覚で感じられるものなのだろうか』

 ―――と。





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お名前:もえもえさま
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     Linksの紹介読んだときは「おいおい、プロローグでしか出番がない。つーか後藤君よりセリフが少ない鐘が主人公かよ」などと
    思いましたが、なかなかに良かったです。
    
     生真面目な文系少女っぽさがナイスです。
    
     今後のオリジナルサーヴァントや独自解釈・独自設定いかんによっては評価はひっくりかえるかもしれませんが、現時点では
    期待大です。

藤見屋感想の入力、ありがとうございます。
      本当にうれしいです。
      さて、この作品のの主人公となった鐘ですが…、もえもえ様の仰るとおり、台詞は後藤君よりも、士郎のバイト先の方々よりも
     少ないです。
      しかし、彼らには無い『立ち絵』を持っているのですよ、鐘は。ふふふ…
      ともあれ、せっかく頂けた期待に応えられるよう、精一杯がんばりますので、今後ともよろしくお願いします。
お名前:battlefield2フリークさま
評価点:
ご感想:彼女が主役というだけで、ツボです。
     あの光の無い瞳がムチャクチャ好みなので人気投票では一位に入れました。
    
     文系硬派な彼女が、どんな物語を紡いでいくのか楽しみです。

藤見屋評価の入力、ありがとうございます。
      本当にうれしいです。
      鐘スキーの方に応援していただければ、やる気も倍増です。
      私としては、クール&ソリッド(あと眼鏡)だけではない鐘の魅力を書いていければなぁ…と、思っていますので、
     最後まで気長にお付き合いくださいませ。 よろしくお願いします。
お名前:クリさま
評価点:
ご感想:マイナー推奨派の自分としてはあらすじだけで見ずにはいられない内容です。とても楽しく読ませて頂きましたvv
     鐘はそのかわいいルックスからずっと気になっていたんですが、キャラづけがイマイチつかめずにいました。
     ですがこの小説を読んでみて、まさに目が覚める思いをしました。続編、切に願います!!
     本当に楽しみにしているので、更新頑張ってください。

藤見屋評価の入力、ありがとうございます。
      本当にうれしいです。
      さて、ザ・マイナーキャラである三人娘ですが、アンソロジーなんかでは最近少し出現率が上がりましたネ。(あくまで、少し)
      私が、その中から鐘を抜擢したのは、彼女に聖杯戦争を生き抜ける要素を見出だしたからです。(ただし、ひいき6割)
      で、相手役はランサー。
      かなり異色の組み合わせですが、これにも意味は有ります。(ただし、多分に趣味含む)
      まだ始まったばかりですが、どうか最後までお付き合いくださいますようよろしくお願いします。

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