Fate/stay night SS
Fate/MidNightBlue
第二日目【前編】






Tactics 0−5 【青天の霹靂】





 プシュー、ガコン

 聞き慣れた音をたてて、バスの扉が開く。

 私は乗務員に定期を見せ、バスから降りた。

 場所は、深山町における諸方面への分岐点である交差点だ。 この交差点が私の住む新都はもちろん、学園や商店街、住宅街、さらには柳洞寺という山寺へ続く幾つかの坂道の分岐点になっている。


 すぅ、はぁ… と、深呼吸を一つ。

 適度に冷えた朝の空気が心地よい。 今日も良い一日になりそうだ。 ―――と、ありきたりなフレーズが浮かんでくる。

 冬木の冬は長いが、それでいて過ごし易い。 二月でありながら気温は十二月並であるからだ。

 厳しくもなく、さりとて決して季節感を損なう事もない適度な寒さ、過ぎ行く季節のわびさびを尊ぶ日本文化において理想的な冬だと言っても過言ではないだろう。

 もうふた月もすれば、遅まきな春を喜び、過ぎ去る冬を惜しむ事になる。

 つまるところ、一部の例外を除いた多くの住民にとって、冬木の冬は『楽しむ為にある』と考えて間違いあるまい。


「さて…」

 私は、降り立ったバス停から周囲を見回す。

「…ぉおぉ…はよぉぉう… 鐘っち…」

 居たか、例外。

「おはよう、蒔の字。 今日も寒そうだな」

 バス停脇の陽だまりを占拠してうずくまり、それでもまだ寒いとばかりに身を震わせる蒔寺と挨拶を交わす。

「寒いも寒い、ちょーさみぃ… ズズッ」

 虚ろな目で呟きながら、蒔寺は鼻をすする。 平時のハイテンションなど見る影もない。

 昨日の朝は確かに冷え込んだが、今日は大して寒くない。 私など、いつも制服の上に着ているベージュのコートを着ようか着まいか悩んだ程だ。

 だというのに…

 蒔寺寒冷地仕様の基本装備である黒のロングコート、手袋はもちろんのこと、オプション兵装のマフラーとイヤーウォーマーまで装備しているお主が何故寒い!? 蒔寺 楓よ!

 私は、いつもの事ながら少し呆れてため息をついた。


 チリンチリン♪

 それとほぼ同時に聞こえる自転車のベルの音。

「蒔ちゃーん、 鐘ちゃーん!」

 へろへろ〜 っと坂道を登ってくる自転車。 乗っているのは由紀香だ。 彼女もやはり寒冷地仕様、ライトブラウンのコートと桃色の手袋を装備している。

 大した勾配の坂ではないが、身体能力の低い由紀香には辛いらしく、走行が安定していない。

 へろへろ〜 へろへろ〜

「大丈夫かー 由紀ぃー?」

「うんー へ、平気ー」

 由紀香は、いつもの笑顔で返答するが、蛇行しながら進む様は、見ていて危なっかしい事この上ない。

 実際、ビジネスマンや主婦の「うわっ」だの「きゃっ」だのという悲鳴が時折聞こえてくる。 由紀香がそのたびに頭を下げて謝るものだから、進路が安定するはずもなく、ニアミスはひっきりなしに起こる。

 しかし、それでも接触事故を起こさないのは、さすがと言うべきか。


「はぁ、はぁ… 何とか、とうちゃーく…」

 由紀香は息を切らせながら、自転車を降りた。

「おはよう、鐘ちゃん、蒔ちゃん」

「ああ、おはよう由紀。 今日は自転車なのだな?」

「うん、ちょっと寝坊しちゃって…」

 由紀香はそう言って、照れたように笑う。

 とはいえ、寝坊と言っても部活の朝錬を行う私たちの朝はそれ相応に早く、他の生徒たちからすれば早過ぎる程の時間である事は言及しておこう。

 ちなみに、彼女の家は冬木大橋に程近い場所にある。 深山町の中では、最も学園から遠い地区に住んでいると言えよう。

 新都に住んでいる私のようにバスを使うには及ばないが、徒歩では少し遠いと感じる距離だ。 故に、由紀香も時間に余裕のない時はこうして自転車で登校してくる。

 …蛇足だが、蒔寺はこの交差点の近くにあるマウント深山商店街の一角に住んでいる。


「ゆ…」

「「ゆ?」」

 横合いからの声に私と由紀香は思わずそちらを振り向く。 言うまでもない、蒔寺だ。

「由紀っちーーーーーーー!」

 蒔寺は、獲物を狩る肉食獣のような動きで由紀香に跳びつく。

「ひゃぁあん!?」

 そして、乱暴に由紀香を抱きすくめた。

「まっ… 蒔ちゃん!?」

「うわー… あったけー…」

 たった今まで自転車を懸命に漕いでいた由紀香の身体は、そりゃあったかかろうよ……。

 蒔寺は、恍惚の表情を浮かべ由紀香に頬ずり。 …見ようによっては、かなり倒錯的である。

「由紀っち… オラに元気を分けてくれ…!」

「ゃだ、離してよ、蒔ちゃん、恥ずかしい…よぅ」

 由紀香は羞恥を訴え、蒔寺の腕の中で身じろぎする。 しかし、その懇願にも、抱きすくめる腕は緩まない。

「幸せだなぁ、ボクはキミといる時が一番幸せなんだ…
 ボクは死ぬまでキミを離さないぞ… いいだろう?」

 そして蒔寺。 何キャラだ、お主は。

 加山 (U)三など、今どき誰も知らんだろうに…。


  ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇


 ―――その事実は、朝のホームルームの時点でほぼ確定していた。

 クラスメイトの一人がホームルームの時点で教室に居なかったのだ。

 考えられる可能性は遅刻か欠席のいずれかだろう。

 しかし、その人物がこれまで皆勤を通してきた以上、遅刻の線は考えにくい。

 というより、遅刻するくらいなら、欠席を選ぶ。 そういう気質の人物だ。

 ホームルームで、担任の葛木先生は 「遠坂からは欠席の連絡は受けていない」 と言った。

 そう、その人物とは遠坂 凛だ。


 さて、男子諸君。 葛木先生の言葉から、一抹の希望を見出したのかね?

 ならば、はっきり言おう、そんなものは気休めだ、幻想だ、現実逃避だ。


 そして、時間は既に昼休み。 もう分かったろう、遠坂は本日欠席だ。


 『なぜ、今日に限って』…だと?

 むしろ、『今日だからこそ』だと、私は思うのだがね…


 解るだろう? なぜなら、今日の午後の2時限は、2年の男女全員が一堂に会する―――

 『合同体育』なのだから。


 『遠坂さんのブルマがー 艶姿がーーー!!』 とか悶絶している男子諸君。

 ひとこと言ってやろう…



 ―――ざまあみろ。



 ………

「鐘ちゃん、鐘ちゃん… どうしたの?」

「む…?」

 由紀香が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。 どうやら思考の中に没入していたらしい。

「何か、据わった目で薄笑いを浮かべてるしさぁ、怖いったらないっての!」

 蒔寺が半眼でこちらを見ている。 妙な軽口を叩かないあたり、冗談抜きで怖いと思ったのだろう。

 ちょうど、昼休み終了10分前の予鈴が鳴る。 教室にはカーテンが引かれ、男子たちは自主的に、あるいは女子たちに追い立てられて教室から出て行く。

 そんな男子たちを横目で見送ってから、私はそれを言葉にする。

「―――いや、何、不埒な輩の破廉恥な望みが潰えたのが、無性に嬉しくてな」


「うわ、コイツ他人の不幸を喜んでるよ… 性悪だ」

「やかましい」

 べしっ!

 蒔寺の脳天に手刀を振り下ろす。

 私は、異性の体を情欲に満ちた目で見る奴が許せないだけだ。

「いてーな! ちょっとは手加減しろよ」

「安心しろ、峰打ちだ…」

「… な、なんでやねん…っ?」

「「お」」

 おお、由紀香が突っ込みを…! その事実に、蒔寺と私は二人して驚愕するとともに感動した。

「「今夜は赤飯だな」」

「…え? …えっ?」

 由紀香よ、ココこそ『なんでやねん』だろうに。 まだまだ修行が足りんな…。


「じゃ、そろそろ着替えっか」

「うむ」

 蒔寺の言葉を合図に、私たちは、着替える為に由紀香の席から自分の席に戻った。


 そのとき―――

「失礼します…」

 一人の女生徒が教室に入って来る。 ―――中の状況を察して素早く扉を閉めた――― その女子に、私は見覚えがあった。

「―――着替え中すみません、主将」

「ああ、間桐か、かまわないさ。 こっちこそすまないね、アフターケアを押し付けちまってさ」

「いえ…」

 その女子は、クラスメイトの美綴に話し掛ける。

 彼女は、美綴が主将を務める弓道部の1年、間桐 桜だ。

 私との接点など全くないが、顔と名前くらいは一致させることができる。

 ………。


「(で――― ??)」

「(えっと… ―――でした)」

「(―――か… そりゃ、―――だね)」


 どうやら、部活のことで話をしているらしい。 まぁ、どのような内容であれ、私には関係ないことであるが。


 ………


 私が着替えている間にも、二人の話は続いている。


「(―――か、そりゃしょうがないか)」

「(はい、―――だと思います)」

「―――で、斑鳩(いかるが)はどうなんだい?」


 ―――!?

 その名前を聞いた瞬間、その話は私に関係ない話ではなくなってしまった。

 それは、私を慕ってくれていた少女の名前…。

 ―――斑鳩 ひより―――

 彼女は、この学園に進学する前に、私とともに文芸部で活動していた後輩で、学園に進学してからは弓道部に在籍している。

 私の知る限り、弓道部の一年に斑鳩は一人しか居ない。

 大切な後輩… ただ一人だ。


「斑鳩さんは―――」

 私は、不躾と知りつつも、二人の会話に聞き耳を立てた。

「―――頑張りますからって…
 兄さ… 間桐先輩に認めてもらえるように、頑張りますから…って」

「くぅ…っ いい娘だねぇ…それなのに慎二の奴…
 射ができない子達を集めて女子の前で笑い者にするたぁ…男の風上にも置けない…っ」

「……すみません」

「いんや、間桐は悪くないさ。 むしろ―――」

 ………

 何てこと…

 事の真偽は確かめる必要などあるまい。 だが、だからこそ何らかの手は打っておくべきだ。

 ―――私は、なんでもない風を装いながら、教室の扉へ向かう。

「あれ、鐘ちゃん? どこへ行くの?」

「―――トイレだ」

「ちょっと待て鐘っち、その―――」

 蒔寺の制止を無視して、教室を出る。


 そして、教室の外で待つ事しばし………。


 間桐 桜が教室から出てきた。 そして、そのまま足早に立ち去ろうとする。

「もし、そこの…」

 私は、彼女を制止しようと呼び止めようとする。 が… さて、彼女の事は何と呼ぶべきか。

 フルネーム呼び捨ては問題外として、『間桐』…兄と混同しかねんな…。 『桜』…は、踏み込みすぎだ…。 …そうだな。

「―――桜女史よ。 いま少し待ってくれまいか?」

「…はい?」

 桜は少しぎこちなく振り向いた。 その表情には、緊張と警戒が露骨に表れている。 まぁ、関わり合いの無かった上級生から突然声をかけられれば普通はそうなるだろうが…。

「私の名は氷室 鐘だ。 本題に入る前に、まず先程の話を立ち聞きしてしまった無礼を詫びたい。
 ―――すまなかった。」

「あ… いえ」

 桜は、突然頭を下げた私に少々面食らったように応える。

「それで、本題というのはだな、先程の話の中に『斑鳩』と言う名前が出てきたのだが…」

「………」

「それは、斑鳩 ひよりの事 …で間違いないか?」

「…はい…」

「やはりそうか…
 ……私は、話の詳細まで聞き取れた訳ではないが、なにやら彼女に問題が起こっている事は、理解できた」

 これは、嘘だ。 だが、本来この件は弓道部の問題であり、私がおいそれと踏み込むことのできるものではない。

 私が踏み込むことを許されるのは―――

「…実は、彼女は、私の大切な後輩なのだ… 元、ではあるがな」

 ―――この一点に限られる。

「そう… でしたか」

 桜は、表情を曇らせ、顔を伏せた。 やはり、どこかに責任を感じているのだろう。

「だから、もし、彼女の事で困った事があれば頼って欲しい。
 彼女の事でなら…… 力になれる」

 私の言葉に、桜は小さく頷いた。

「わかりました…、私の手に余るようなときは、お願いしますね」

「うむ。
 突然呼び止めてすまなかったな」

「いえ…」

「では、な…」

「―――あ、あのっ…」

 話を終えて、教室に戻ろうと背を向けた私を桜が呼び止める。

「―――む?」

 振り向いた私に、桜は穏やかに微笑み―――

「斑鳩さんなら、大丈夫ですよ…
 彼女、強い子ですから…」

 と言った。

「ああ…」

 桜が浮かべたその笑顔に安堵し、私も、自然に笑みをこぼした。

「…それと、氷室先輩?
 お気持ちはわかりますが、その格好は… その、えっちぃですよ?」

 少しだけ、頬を赤らめながら、今度はばつが悪そうに笑う。

「ぬっ―――!!?」


 ―――しまった。

 気ばかり急いて、自分の格好のことをすっかり失念していた。

 ボタンを胸元まで外したブラウス。 そのブラウスの裾から伸びるキャミソール、そして、キャミソールから透ける紺色のブルマ。 それが、今の私の服装だった。

 廊下に出ている生徒が居ないのが数少ない救いだが…。

 ………不覚。


 桜との面識ができ、ひよりへのパイプが確保できたので、ここは帳尻が合っているすべきだろう。

 というか、そうとでも思わねば収まらん。


 ―――しかし、その後、どこからどう広まったのかは不明だが、『氷室 鐘はイイシゴトをする』と噂される様になり、更なる屈辱を味わう羽目になってしまった。

 全くもって… 不覚…。





Tactics 0−6 【ツートップと正義の味方】





 合同体育とは、要するに球技によるクラス対抗戦だ。 男子がサッカーとバスケットボール、女子がバレーボールとバスケットボールのいずれかに参加して。 トーナメントを勝ち抜いていく。

 ―――訳なのだが……。

「すごいよー 鐘ちゃん、サッカー部の佐藤君、五人抜きだよ」

「うむ」

 私達の参加したチームは早々に敗退し、現在2年A組と2年C組のサッカー対決を見学している。


 この試合の見所は何と言っても、サッカー部主将の佐藤……

 ではなかった。

「「きゃあぁぁぁぁーー!!」」

 見学している女子達からあがる黄色い声援(悲鳴か?)。

「「間桐くーん!!」」

 うるさい。

 が、まあ、そういう事だ。
 2年C組チームには、穂群原2大美男子ツートップと称される(らしい)―――

 間桐 慎二と柳洞 一成がいる。

 どちらも端麗な容姿から女子の人気が高い。 学園の女子の大半は『間桐派』か『柳洞派』のどちらかに分類できるらしい。

 まぁ、私にとっては、心底どうでも良い事だが。

 むしろ間桐など、あの軽薄なところが癪に障る。 それ以上に、弓道部での暴挙を聞き及んでから『許せない男』度が私の中でうなぎ登り、赤マル急上昇中だ。


 そして…。

「「一成さーん!!」」

 ゴールキーパーを務める柳洞のゴールキックに合わせて、再び大音量。

 ここで、柳洞が『はぁーいー!』などと応えてくれないものか。 と密かに思う。

 まぁ、柳洞寺の跡取りらしく誠実で真面目な彼に限って、それはあり得ないだろうが。

 とんちんかんちん 一(Q)さん♪ ……名作だぞ?


「それにしたってさぁ…」

「どうしたの? 蒔ちゃん」

「なんでサッカー部が多いうちのクラスが負けてんのさ?」

 試合は既に折り返し、現在の得点はA組が1点、C組が3点。

「なんだ、分からんのか?」

 C組リードの原因。 それは偏にA組とC組の戦法の差によるものであった。

 先程から見ている限り、A組は高い個人能力にモノを言わせて力押しする戦法。 対するC組は能力的な不利を知略でカバーするという戦法を採っているのだ。

 そして、C組の戦略の要のひとつが司令塔である柳洞。 チームメイトの能力から性格、癖までをも把握した彼の采配は実に秀逸であった。

 生徒会長という肩書きは伊達ではないということか…。

 更に、もうひとつの戦略の要… それが、間桐だ。 ただし、良い意味ではない。

 彼は、プライドの高さ故にか、柳洞の指示に従わない。 女子の目を意識した無駄なパフォーマンスが多く、スタンドプレイ、ラフプレイはそれこそ数え切れない。

 味方にパスを強要し、単独で敵陣深く切り込んだ挙句ボールを奪われる。

 敵にとって、有益で、味方にとっては害悪。 効果的なチームの運営という観点ではこれほど邪魔な存在は居まい。

 現に今も、切り込んだ先で敵に囲まれて立ち往生している。

「「あーーーっ 間桐くーん!!」」

 ―――あっさり取られた。 そして間桐派、いちいち喚くな。 うるさい。

 だが―――

 仮に、それすら戦略の一要素であるとしたなら、どうだろう。


「あ……」

 いや、戦略の一要素に『してしまえる』存在が居たとしたら……!?


「衛宮君が、ボールを取ったよ…!」

 少々興奮気味に由紀香が言う。

 そう、間桐が取られたボールをすかさず取り返したのは、C組の戦略における最大の要、衛宮 士郎だ。

「おお…」

 私も、まるでそうなることが解っていたかのような動きに感嘆する。 否、そう思えるほど彼の動きには無駄がないのだ。

 間桐のような余計な『お遊び』や『喝采願望』を完全に排除した『役目を果す為だけ』の動き。

 実際、得点に至るほぼ全ての連携に衛宮は『キー』として関わっている。

 無論そうなれば、通常は対戦相手からはよりマークされやすくなる。 しかし、間桐の存在が目立ちすぎるが故に、A組チームは衛宮のマークに徹しきれない。

 つまり、間桐、囮。 本人は全く気付いていないだろうがな。
 …全く、憐れな道化ピエロだ。


 私の思案をよそに、フィールドでは、A組チームが慌てて衛宮に殺到していく。

 私には…、いや、ギャラリーを含む大半の者には解っていた。

 迂闊な―――。


 衛宮は躊躇なく、がら空きになった逆サイドにパスを送った―――。


  ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇


 結局、試合は『1‐5』のA組大敗。 戦術の基本を欠いたが故の結果というわけだ。

 今は、試合後の休み時間。

 A組男子の姿はすでに見えない。 おおかた、体育館にバレーやらバスケやらを見学しに行ったのだろう。

 残っているのはC組男子と、その対戦相手であるB組男子。 それから、ツートップを取り巻く女生徒達だ。 1年生の姿もちらほらと見える。

 私達が、例外といえば例外か。

「あ…」

「む…」

「お?」

 もうひとり、例外発見。 少し離れた場所で衛宮と話している一年生は…

「間桐 桜女史ではないか…」

「―――知ってるのか、鐘っち?」

 ああ、と頷く。

 知り合ったのはついさっきだが。

 ………しかし、こうして見ると…。

「あの二人… 付き合ってるのかなぁ…?」

 と、由紀香。 そう言う彼女の表情は少し不安げで、そして、何か眩しいものを見るようでもあった。

 実際のところ、私にもそう見える。 それほどまでに二人の、特に桜の表情は自然だった。

「ん? 由紀っち、もしかして衛宮に気があったりする?」

「え…? ええっ!?」

「うむ、今の言葉はそう取れるな」

「あ… あややっ!?」

 由紀香は、顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる。

 む… これは、脈ありか。

「ちがうよぉ… ただ、ちょっと憧れてるだけで……」

「ふむ…?」

「えっとね…? 衛宮くんはね… 自転車のチェーンが外れて困ってた時に助けてくれたり…
 犬に追いかけられてるのを助けてくれたり…
 ほかにも、いろいろ助けてくれたから…」

「それにね、学校の備品の修理なんかもしてるっていうし…」

 由紀香は、訪ねてもいない事をぺらぺら喋る。

 どうやら、『三枝自白モード』のスイッチが入ってしまったようだ。

 由紀香がこのモードになったということは、図星だということか。

「必ず困った時に颯爽と現れて、助けてくれて颯爽と去っていく… なんていうのかな…」

「それってストーカーじゃん!?」

 蒔寺が目を見開いて声を荒げる。 確かに聞きようによってはそう思えない事も無い。 が、しかし…。

「いや、由紀は別に『困った時には必ず現れる』と言っている訳では…」

 困っていないと現れないのと、困っている時には必ず現れるのとでは意味が違う。 だが、私がその言葉を言い終えるより早く。 由紀香が蒔寺に反論した。

「ちがうよぉ… 衛宮君は正義の味方なんだよー!」

「む…?」

「はぁ…?」

「「正義の… 味方?」」

 由紀香の突飛な発言に、私と蒔寺は面食らう。 が、一方の由紀香は両のこぶしを胸元できゅっと握り、「うんっ」 と力強くそれを訴えかけてくる。

「はははっ、何だそりゃ!? 『この世に悪の栄えた例なし!』って悪を討ってるってか!?」

「え? えと、 知らないけど… どうなんだろ?」

 一笑する蒔寺の言葉に、本気で考え込む由紀香。

「ふむ…」

 由紀香と同様に、私もしばし物思いに耽る。

 『正義の味方』か、今どきとんと聞かなくなった言葉だ。

 由紀香にとって衛宮の行動は、その意味を持つのだろう。

 だからといって、それを何の臆面もなく言ってのける由紀香は、お子…

 いや、純粋という事だろう。

 そんな事を考えながら由紀香の額に手を触れる。

「ふむ、熱はないようだな…」

 私など、その言葉の前では、こうして誤魔化すことしかできないというのに…。

「熱なんてないよぉ? 変な鐘ちゃん…」

 どうやったらこんなに純粋に育つのやら…。 一度、後学のためにご両親にお会いしたいものだ…。


  ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇


「危ない由紀っち!!」

「ほえ?」


 ずばむっ!!


 それは、試合の観戦中に起こった。

 どうした因果か、由紀香の顔面に試合の流れ玉が命中したのだ。

「…由 …紀?」

 由紀香は、顔面にサッカーボールを貼り付けたまま微動だにしない。

 その、ある種シュールな彫像じみた姿に私も蒔寺も事態に上手く対応できない。

「おーい、由紀っちー…?」

 めり…っ と、そんな音を立てて由紀香の顔からボールが剥がれ落ちる。

「……きゅう…」

「おっと!」

 私は、崩れ落ちる由紀香を咄嗟に抱きとめた。 その顔には、くっきりとサッカーボールの痕が残っている。

 その姿は、痛々しくもシュールだ。


「「大丈夫か!?」」

「「平気か 三枝さん!?」」

 試合は一時中断。 参加者である男子や、ギャラリー達が口々に言いながらこちらに駆け寄ってくる。

「保健室に運んだ方が良いな…」

 私が誰にとでもなく呟いたその言葉に、周囲の男子達が我先にと名乗りを上げる。

「………」

 ―――カチン

 そんな男子達の行動が、癪に障った。 当然だ、彼らの目には己の欲求しか映っていない。 由紀香に対する心配や、善意など感じ取る事ができないのだ。

 由紀香が男子生徒に人気があるのは知っている。 由紀香に想いを寄せる男子にとって、これは千載一遇のチャンスだという事なのだろう。

 それが気に入らない。

 そのような打算… 善意の名を借りた点数稼ぎを目論む輩に親友を任せられるものか…!


「私自らが連れていこう…」

「鐘っち…?」

 由紀香を抱きかかえ立ち上がる私を、蒔寺が当惑したように見上げる。

 だが、この行動に異を唱える事はない。 蒔寺もやはり親友。 私の考えはちゃんと伝わっている。

 男子達を白眼で一瞥してから、私は足を進める。

 彼らが何やら文句を言っているが、知ったことか…!


「しばし待て、氷室」

 そんな私に、後から声が掛かる。

「何用か? 柳洞会長…」

「何故、男子の手を借りん?」

 当然の事として放たれた言葉。 周囲の男子は、今胸中で彼に喝采している事だろう。

「………」

 …もしや、こやつも有象無象と同類なのか? …彼の人柄には一目置いていたが、どうやら見込み違いだったようだ。

「…これは異なことを…
 親友を自らの手でたすけたい、至極当然の感情ではないか?」

「ふむ、それは確かに尊い心意気だ。 だが、おなごの細腕では少々辛かろう…」

「ふっ…、これも友情の重みと思えばむしろ心地よい。 それこそ要らぬ気遣いだ」

「…か… 鐘っち」

 私の柳洞に対するあからさまな敵意に、蒔寺が畏縮したような声で宥めようとする。

「要らぬ気使い結構。 だがな、俺も生徒会長としてそのような無謀は見過ごせん」

「ほう? よもや、私から由紀を奪い取ろう…などと言うのではあるまいな?」


「―――たわけ!!」

 ―――!!

 柳洞はそんな私を一喝してきた。

 その剣幕に私も思わず絶句してしまう。 そして、周りの者も同様に目を白黒させている。

 柳洞は、目を見開いて凝視する私に「はぁ…」 と、嘆息した。

「…お前の気持ちは解らぬでもないがな、それを理解せぬ者ばかりだと思われるのは心外だ。
 ―――衛宮」

「えっ 俺か?」

「ああ、お前なら適任だ」

 そう言って柳洞は鷹揚に頷いてみせる。

「む、要するに人畜無害って事なんだろうけどな…」

 こういう役回りは恥ずかしいんだぞ…? と、衛宮は口の中で言いながら歩み寄ってくる。 それを受けて、周りの男子がざわつき始める。 おおかた、また私が突っぱねると踏んでいるのだろう。

 私とて、柳洞の言葉に素直に折れてやる気などない。 衛宮の目に少しでもやましいモノがあれば……

「氷室さん、無理強いはできないけど、ここは俺に任せてくれると嬉しい」

 ………え?

「……う、うむ」

 私は、由紀香を渡すよう促された手を拒めなかった。

 そう、ちがうのだ。 有象無象の男子たちと。 その瞳に映るモノが純粋な善意と由紀香に対する思い遣りだけなのだ。

 先程までのつまらぬ意地など、淡雪のように融けて消えてしまった。


「お主に… 由紀香を、任せる。 よいのだな?」

「ん、オッケー
 ―――さ、行こうか」

 かなり意味深な私の言葉をさらりと流して、衛宮は歩き出した。

 私が言葉に込めた意味など少しも伝わっていないだろう。 だが、解る。 彼は私の想いを裏切ることはないだろう。


 グラウンドをあとに、衛宮の数メートル後ろをついて歩く私と蒔寺。

「なんかさー…」

「なんだ?」

「鐘っち、娘を嫁にやるオヤジみたいだったぜ?」

「……うるさい」

 そういう心境だったのだ、仕方なかろう。 お主が倒れても、私は必ず同じ事をするだろうな。 …恥ずかしい話だが。

「あとさー」

「今度は何だ…?」

「衛宮って、正義の味方ってより王子様っぽくね?」

 由紀香を『お姫様だっこ』で運ぶ様は、優雅さこそ無いが何か気高い誇りのようなモノを感じさせる。

「……むぅ、そうかも知れんな」
 いや、王子様と言うよりは騎士ナイトか…。

 蒔寺と馬鹿なことを言い合いながら、私は衛宮の背中のどこかに懐かしさを感じていた…。







prev is ... 第1日目
next is ... 第2日目【後編】
戻る
TOPへ戻る



評価
ご感想、ご意見など、何でもOKです。
ご面倒でなければ、入力をお願いいたします。
お名前
メールアドレス
評価点数 1  
2  
3  
4  
5  
意見・感想など
感想を公開しても OK
NG

評価を頂きました♪
※『感想の公開』にOKを頂いた方のみ公開いたします。
お名前:クリさま
評価点:
ご感想:二日目の更新お待ちしてましたo(^-^)o〜すっごく嬉しいデスvv今回もとても楽しませて頂きました!
     あまり話の展開はありませんでしたが、むしろ三人娘の掛け合いが楽しくて、彼女達の日常に和みました〜。
     三日目も期待してますので、がんばってください☆

藤見屋またまた、評価の入力ありがとうございます。
      とてもうれしいです。
      さて、この二日目【前編】は、三人娘の日常を描きつつ、鐘を取り巻く人間関係を掘り下げるつもりで書いた訳ですが、
     和んでいただけて何よりです。
      ただ、三日目を待ち望んでいるところを申し訳ないのですが、二日目はあともう半分続いてしまうのです…。
      【後編】も頑張りますので、宜しくお願いします。

copyright from MA-OH SYSTEM's