「それで新しく入る方が決まったのですね」
前回より場所は変わらずエーデルフェルト邸本館。その1階廊下だ。
「はい、しかも彼、シロウ・エミヤ君はこちら側も手伝ってくれるそうで」
「まあ、それはそれは」
扉の向こうから聞こえてくる声はフロードさんとこの屋敷の主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトお嬢様だ。
粗相のないように、と言われているのだがなにぶん俺は普通の一般庶民。礼儀はわきまえているつもりだが作法や流儀と言うのはぜんぜん知らない。よって今かなり緊張している。
どうにか上辺だけでも緊張をほぐそうと、日本に古くから伝わる「手に人を書いて飲む」という迷信行為を定石道理3回したところで中から名前を呼ばれた。
「エミヤ君!入ってきてくれ」
結局緊張は解けないまま中に入る。古そうな扉がもう後戻りはできないと語っているようだ。
「し、失礼します!」
日ごろないあまりの緊張のためか、思わず声が裏返る。
「今日、からここの屋敷に仕えることになりました、衛宮士郎、です。宜しくお願いします」
そして思いっきり頭を下げる。
区切りがおかしいのは御愛嬌だ。そう思ってもらいたい。
「シロウ・・・ね。面を上げなさい」
顔を上げるとそこには、金と白を合わせ持つ美少女がいた─────
倫敦日常日記 第四話
なるほど、と思った。
廊下でフロードさんが言っていたのだ。曰く、家宝の人形だ、真正のお嬢様だ、魔術師の姫君だ・・・・・
なかなかの自慢振りだったので意味もなく期待していたのだが、本当にここの人は期待や想像を上回ってくるものだ。いい意味で。
一言、きれいだ。それで済まされる。
軽くウェーブがかかった金髪の髪は窓からの光で神々しく輝き、翡翠色の目はそれが世界に1つだけの宝石だと言わんかのように光り輝いていた。
100人いたら95人は彼女を美女か美少女と答えるだろう。
え・・・?残った5人?・・・知らん。特殊な趣味なんじゃないの?
「エミヤ君、惚けているのもいいが、その前にしゃんとしてくれないか?」
その言葉で目が覚める。前にいる彼女の表情を見るにかなりヤバげな顔をしていたらしい。完全に呆けているようだ。
男なら誰だってかわいい女の子の前じゃ、鼻を伸ばすものさ・・・・・言い訳程度に言ってみる。
「す、すみません!」
あわてて頭を下げる。本日2度目。
「結構ですわ、シロウ」
呆けていたエーデルフェルト嬢も顔を赤くしながらにこりと微笑みかけてくる。
顔を赤くしてる・・・まあそうか、緊張感あふれるこんなとこで一人コントみたいなことしたんだ。笑うのも当然だろう。逆鱗に触れなかっただけ感謝ものだ。
「話はフロードから聞きました。いいでしょう、エミヤシロウ。あなたをこのエーデルフェルト家の一員として認めます。そして魔術師としても。あなたが協力を惜しまねばここは楽園となるでしょう。あなたが裏切らなければここは城となるでしょう。その事をお忘れなく・・・・・」
暗記されていたかのように紡ぎ出される文字の羅列は直接頭の中に入ってくるようだ。すんなりと溶け込んでくるこの言葉の、なんと気持ちいい事か。
そして俺も答える。
「・・・我が剣で刻みましょう、その言葉を。我が盾に刻みましょう、その言葉を。そしてこの身を持って誓いましょう、今の心が変わらぬように・・・」
緊張の中、フロードさんから教えられた言葉を述べる。
これで『詩節』は終わった。あとは物品で『契』を交わすだけなのだが・・・・・お嬢様はまだ顔を赤くしている。そこまでおもしろかったか?
「・・・・・・・」
「・・・・・///」
しかも話が続かない。俺はハイソな話題なんか知らないし、向こうはしゃべってくれない。もともと俺って聞き手だったからなぁ。
ここでさっきからそばに控えていたフロードさんが何か思い当たったらしく、俺を他のメイドさんに任せどこかに行ってしまった。
何か気になるがそこまで聞くのは野暮と言うものだろう。朴念仁、鈍感等々言われ放題の俺だがそのぐらいわかる。
他のメイドさんに連れられ服のサイズを測ったあとは、礼儀、礼式等の基本を教わり、あとからやってきたフロードさんから呪を削り込んだ指輪を2つ受け取った。これをとりに行くために何処かいってたらしいらしい。
この屋敷にいるときはできるだけつけておいて欲しいとのこと。真銀でできているとか、伸縮自在だとか、嘘発見機能付きだとか、いろいろなことを言っていた。高いんだろうなぁこれ。
指輪は紐を通して首からかけるつもりだ。普通にしていても邪魔になるだけだし、遠坂に見つかったら何が起こるか分からない。いや何が起こるか分かるのだが、どういう結果になるかわからないというだけである・・・・
そんなことを考えつつも俺もフロードさんの腕輪に『契約文』を刻み込んだ。簡単に終わり、仰々しいものを想像していた俺としては拍子抜けであった。
こうして1日目が終わった。相手が魔術師だったとか、お嬢様がきれいだったとか、いろいろあったがなんとかやっていけそうだ。早々にクビにされなければいいのだが・・・・・
そう思っていやな考えをなくすために頭を軽く振る。考えれば考えるほど出てくるのだ、いやなことは。
さて早く帰ってセイバーにお金を渡してやろう。どうせ今もがんばって借金の期限を延ばしてるはずだからなぁ・・・・・
◇◇◇
「入るよ」
返事も聞かずドアを開ける。
ここは主の部屋だ。普通ならこういう口調が許されるはずがない。しかし周りに誰もいないのはもう確認ずみだ。
「・・・フロード、ですか・・・・」
中ではルヴィアがベットの上で大の字になって弱々しく答えてくる。他人の前なら絶対にしないはずなのだがそこはもう10年来の付き合い、何も言うつもりはない。
しかしこの症状、知っている俺としては避けておきたいのだ。よって判断ために1つ診察してみる。
「惚れたのか、彼に?」
直球。だが1番早い方法なのだ、これが。
ビクッと震え、顔を赤くする。図星らしい。ああやっぱりか。肩を落とす。一目ぼれだ・・・・・・
まぁそういうこともあるだろう。いや、こいつに限って言えばこういうこうは数限りなくあるのだ─────
ホームパーティーで、道端で、店の中で、社交会で・・・・・数えればまだまだある。
だからといって一目ぼれに文句をつけるつもりはない。俺自身人を好きになるのは自由だと思っているからだ。移り気が激しいのもまた然り、と。
だがこいつの『一目ぼれ』にはいくつか問題がある。それは必ずといっていいほど俺達に被害を出すのだ。何度尻拭いをさせられたものか見当もつかない。魔術を使いだしたときはなんともいえない感じになる。そのせいでこの館のメイド達はかなり高い水準と保っているのだが、それをどう受け取るべきか・・・・・
しかしまだ救いの道はある。それはこいつがどれだけ惚れ込んだかということだが・・・・・
「それで、どうなんだ」
これが2球目。答え方によってどれだけほれ込んだかが分かると言うスグレモノ、いや言葉か。
被害を出すのなら事前に予測して最小限に減らす─────これが今までの対策だ。そのために一番長く付き合っている俺が開発したもの、言葉。こんなこと考える暇があるなんてとんだ魔術師だな。内心自分自身に苦笑する。
さて答えだが・・・・・・
「///////////」
顔を赤らめたままで答えない。先ほどからの妄想の海にダイブしたようだ。
育った環境かどうかはしらないが、こいつは三文小説にあるような甘々な物語に憧れている。現にこの部屋の本棚はそれでいっぱいだ。工房にも確かあったはずだ。
はぁ、とため息をつく。なかなか戻ってこないところを見ると今回はダイブではなく溺れるほどのめりこんだらしい。どれだけ惚れこんだかが手にとるように分かる。もう重症だ。手におえない。
ほっといて外に出る。
付き合ってられない。早く対策を立てないと。
かなり広い屋敷の中を歩き回りながら一人呟く。同時に笑みが浮かぶ。
決して焦ってるわけでも急いでるわけでもない。召集を呼びかけたメイド達だってそうだ。キャーキャーワーワー、と生き生きとしていた。
皆嫌っているわけでもないのだ、このお嬢様の騒動を。むしろ楽しんでいるといったところか。イベントが少ないためか、この屋敷で最高の娯楽となりつつあるようだ。実際見ているほうはかなり楽しい。巻き込まれるほうはたまったものじゃないが。
だんだんと笑みが深くなっていく。
しかも今回は最大級のイベントになりそうだ、と思う。
自分は見ているのだ、彼の履歴書を。馬鹿正直に『家庭環境』のところに、「女性二人と同棲中」と書いてあったのだ。思わずクッ、と笑ってしまう。これからの会議でもそこが問題点となるだろう。
空を見上げる。
そしてこれから巻き込まれるべき彼に最大の皮肉を送った。
「